礼拝説教原稿

2018年9月

「弱さは恐れを生む」2018/9/30

マルコによる福音書14:43-52

ユダヤ人にとって過越祭の夜にいただく食事は特別な意味を持っていました。その日、エルサレムにはイスラエルの国中の人々が集まり、親族同士、仲間同士で食卓を囲み、過越の食事を頂くのです。年に一度の楽しい祭りの食事、自分たちイスラエル民族が神の民として選ばれ、特別な民としてこの世から取り分け、聖別し祝福された、その事に彼らは感謝するのです。年に一度の楽しい祭りの夜。でも、この夜、しかも深夜に、主イエスは罪人として捕らえられるのです。なぜ、この時に主イエスは捕らえられたのでしょうか。

主イエスはこの時の1ヶ月以上前からエルサレムに滞在し、神殿で人々を前にして教えていました。エルサレムの人々は主イエスの言葉を聴き、その人物そのものに触れ、心から引かれていくのです。しかし祭司長たち、律法学者たちは主イエスの言葉を聴きながらも、その言葉の意味を理解しながらも、その存在を受け容れる事ができないのです。主イエスを受け容れる事ができない、それだけであるなら、無視すれば良いだけの事です。民衆の主イエスに対する陶酔も熱狂も、時が経てば冷めていくものだと、そう考えることもできた筈です。熱狂的な信心ほど急速に冷えていくモノだと、彼らは知っているはずです。しかし彼らは主イエスを無視することが出来ないのです。そのまま言わせておけば良いとはならないのです。彼らは主イエスを殺してしまおうと考えるのです。それは彼らが、主イエスを本物だと理解したからです。主イエスが本当のメシアであると、彼らには分かったのです。彼らは何度も何度も、主イエスとエルサレム神殿の境内の広場で討論を重ねました。彼らは律法を深く学び、聖書に書かれた御言葉にも精通していました。賢い彼らには、なにが本物で何が偽物か彼らには分かるのです。その結論は、この方は本当のメシアだと、そこに行き着くのです。

では彼らは、主イエスが目の前におられる事を喜んだのか、というと、そうではありません、主イエスを礼拝し神に感謝をする、とはならないのです。主イエスが本当のメシアであった。でも、だからこそ、彼らは主イエスを殺さなければならなくなる、目の前から消し去らなければならなくなるのです。なぜなら、主イエスが本物であるという事は、自分たちが礼拝しているエルサレム神殿が偽物である事を認めなければならなくなるからです。公にその事を認めなければならなくなるからです。

エルサレム神殿自体は偽物ではありません。しかし彼らはエルサレム神殿とそこに仕える自分たち祭司の権威を偶像化し、絶対化していたのです。彼らは、神ではなくエルサレム神殿の権威を礼拝するように人々に教えていたのです。ですから、本当の神が、メシアが現れることは、彼らにとって不都合なことです。モーセはイスラエルの民に十戒を与えます。その第2戒に偶像を作ってはならないと書かれています。しかし彼らは、主なる神の偶像を作りそれを礼拝していたからです。でもたぶん彼らは、自分たちのしている事がなんなのか、気づいていたのだと思います。しかし彼らは、自分がいる場所が虚構であると知りながらも、その虚構に留まり続ける事を選ぶのです。真理を明らかにするよりも、つまり光の中に全てを晒すよりも、闇の中に隠すことを選択するのです。だから、彼らは主イエスを殺すという最悪の決断を下すことになったのです。しかし、それは簡単な事ではない事も、彼らには分かっていました。彼らは主イエスが神からのメシアであると知っていたからです。でもメシアとはどんな力をもっていて、刃向かうなら、どんなに恐ろしい事が起こるか、それは彼らの想定の範囲を超えていたのです。彼らが手にしている旧約聖書には預言者や神に選ばれた王、士師と呼ばれる指導者の事は書かれていますが、メシアその人については書かれていません。でもメシアであるなら、預言者エリヤよりも強い力を持っているとかれらが考えただろう事は、分かります。

預言者エリヤは紀元前9世紀、北イスラエルの王アハブに時代に活躍した預言者です。この時、イスラエルの民は近隣の諸国の文化の影響を受けて、バアル信仰の礼拝をしていました。エリヤはその様な民を主なる神に立ち返らせました。このエリヤは、死んでしまった寡婦の息子を生き返らせたり、水を掛けた薪の祭壇を天からの炎で焼き尽くすと言う奇跡を行いました。またアハズヤに命を狙われたとき、アハズヤが使わした50人隊の軍隊を天からの火で焼き滅ぼす、という奇跡も行ったと聖書には記されています。因みに、主イエスと弟子たちがサマリア人の町に行ったとき、村人は彼らを歓迎しなかったという聖書の記事があります。その時、弟子のヤコブとヨハネは「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」主イエスに求めます。でも主イエスは振り向いて二人を戒められた。と聖書には書かれています。(ルカ福音書9:53-55)弟子たちも主イエスに預言者エリヤの姿を重ねていた事が、この記事から分かります。

つまり祭司長たちは、主イエスを恐れているのです。主イエスを捕らえなければならない、しかも民衆に知られず捕らえなければならないのです。もし民衆のいる前で、主イエスを捕らえようとして、送り出した下役たちが天からの炎で焼かれたなら、それはとても困ったことになるのです。自分たちだけではなく、民衆も主イエスが本当のメシアであると、知ってしまうからです。そんな事になったなら、それこそ、これまで何世代もの時間を掛けて作り上げてきた、ユダヤ教という虚構が崩される事になるのです。真理を闇に葬ることが出来なくなる。民衆は自分たちを批判し、非難し、自分たちに対して反発し始める、エルサレム神殿の権威が失われるという事は、イスラエルという国そのものが壊れるという事なのです。

その様に、彼らが思案しているとき、彼らの下に朗報が伝えられます。主イエスの弟子の一人のイスカリオテのユダが、主イエスを裏切り、主イエスを引き渡すと持ちかけてきたのです。過越祭の夜、主イエスと弟子たちが過越の食事を終えてエルサレムからベタニアに帰る途中、夜中にオリーブ山で待ち伏せして、主イエスを捕らえる事ができる。もし主イエスが何か奇蹟的な仕方で抵抗したとしても、エルサレムの町から離れたオリーブ山であるなら、騒ぎにはならない。しかも夜中であるならエルサレムの人々は過越の食事をたらふく食べて、葡萄酒を飲んで寝ているだろうから。弟子たちも機敏に動いて抵抗する事は無いだろう、寝込みを襲う事ができると彼らは考えるのです。ユダは祭司長たちに、あなたたちが遣わした下役たちが自分たちを包囲したタイミングを見計らって自分が主イエスに接吻をするから、その人を捕まえるようにと、話します。たぶん暗闇の中で、主イエスが誰であるか分かり辛いだろう、と、間違える事がないように、主イエスが逃げ出さない様に、自分が主イエスの側にいると、そう話すのです。

聖書には、この時の事が、この様に書かれています。

「さて、イエスがまだ話しておられると、十二人の一人であるユダが進み寄って来た。祭司長、律法学者、長老たちの遣わした群衆も、剣や棒を持って一緒に来た。イエスを裏切ろうとしていたユダは、「わたしが接吻するのが、その人だ。捕まえて、逃がさないように連れて行け」と、前もって合図を決めていた。ユダはやって来るとすぐに、イエスに近寄り、「先生」と言って接吻した。人々は、イエスに手をかけて捕らえた。」(マルコ福音書14:43-46)

主イエスが捕らえられたとき、しかし祭司長たちが恐れていた様な事はなにも起こらないのです。「居合わせた人々のうちのある者が、剣を抜いて大祭司の手下に打ってかかり、片方の耳を切り落とした。」(マルコ福音書14:47)と在りますが、そんな些細な事があっただけで、炎が天から降ってくることも、大地が揺らぐことも、彼らが恐れていたことは何も起こらないのです。静かに、静かに主イエスは捕らえられるのです。主イエスが静かに捕らえられたこと、それはイザヤ書に記された預言者イザヤの言葉は実現される為だ、と主イエスは話されます。イザヤ書53章にはこの様に書かれています。「わたしたちは羊の群れ、道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせられた。苦役を課せられて、かがみ込み、彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように、毛を切る者の前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった。」(イザヤ53:6-)

神がおられるという事は、私たちにとって喜ばしい事なのでしょうか。でもなにか、そうとも言い切れないのです。なぜなら、神がおられるなら、私たちは悪さが出来ないからです。正しくないと分かっている事を、つまり過ちを過ちと知りつつ、実行する事が出来なくなるからです。しかし私たちは、この世界にあって、嘘をつかざるを得ない事も、相手をだますこともあるのです。神の前に全てを晒すことなど、到底出来ないのです。主イエスを殺そうと企んだ祭司長たちの様に、わたしたちも、それが虚構であったとしても、居心地の良い自分の世界に留まっていたいのです。そのためには、真理を犠牲にして、闇の中に葬る事も、やはりいとわない、それが私たちなのです。では私たちはこのまま闇に留まるべきでしょうか。しかし、主イエスは、私たちにもう一つの道を示されるのです。もし祭司長たちが主イエスを受け入れて、それまで仕えていた目に見えるエルサレム神殿を捨てる事が出来たなら、彼らは主イエスという新しいエルサレム神殿を手に入れることができたのです。同じように私たちも、手放す事を恐れている虚構を手放したとしても、つまり、嘘が明らかになったとしても、それでも神は私たちをそのまま愛して下さるという事です。主イエスが死から復活された様に、私たちも、どこからでも新し作り直されるのです。

「祈りは希望となる」2018/9/23

マルコによる福音書14:26-42

「慰めてくれる人がいる」なら、それは幸いな事です。真剣に自分の事のように心配して気に掛けてくれる人や家族がいること友がいること、そういう良い関係の中に自分がいるなら大抵の困難は乗り越えることが出来るからです。でもそれは、失意の度合いが軽い場合に限られるのかもしれません。失意の度合いが重いとき、私たちは折角の慰めの言葉であっても、そのまま心で受け止めることが出来なくなるからです。「貴方には私の気持ちは分からない」と思える。それだけではなく慰めの言葉が自分を批判している言葉のように、責められているように感じてしまうからです。

例えば旧約聖書のヨブ記に記されているヨブも、友人たちの言葉から心を閉ざします。

彼は息子と娘、その家族を全て失い、家畜も奴隷も失い、財産も全て一夜にして失います。それだけではなく皮膚病にかかり、あまりの痒さに灰の中に座り体中を陶器で掻きむしる事となります。そこに、ヨブを見舞い慰める為に3人の友人が訪れます。しかし彼らは、ヨブの姿をみて言葉を失います。でも七日七晩、彼らは一言も話さずヨブと共に地面に座り続けるのです。七日七晩にわたって自分にの隣に座る友、ヨブの心に寄り添ってくれる3人の友、エリファズ、ビルダド、ツォファル。ヨブはその様な友を得ているのです。でもしかし、ヨブは彼らの言葉に耳を傾ける事は出来ないのです。

ヨブはついに口を開きます。「自分などこの世に存在しなければよかったのだ」と「死んだ者たちの方が私より幸いだ」と話し始めます。友人たちはこの言葉に憤ります。あれほど多くの人を勇気づけ、助け、救い、立ち上がらせてきたヨブが、自分自身に災難が及ぶなら、今までの自分の人生の歩みを全て否定し始めたからです。友人たちにしてみれば自分たちとの関わりも、自分たちの存在すらもなかった方が良かったと言われているようなもの、だからです。それでも友人たちはヨブから離れる事なくヨブに寄り添い続けます。友人たちはヨブがなぜ、この様な悲惨な目にあっているのか、その原因をヨブと共に考えようと、もし原因が分かれば共に解決しようと話しかけるのです。しかし、彼らの言葉はヨブには届きません。ヨブには、友人たちの言葉が自分を批判しているようにしか聞こえないのです。「神の前に過ちを犯したのだから、あなたは苦しみを与えられている」どんな言葉もヨブにはそう聞こえるのです。それでヨブは友人たちに、「今まで自分は如何に神の前に正しい者であったのか」を主張する事になります。そうなると友人たちはヨブに「神の前に罪のない者などいない」と話さざるを得なくなるのです。まるで水掛け論の様に、彼らは正論を伝え続けなければならなくなる。その結果、ヨブは更に心を閉ざしてしまうのです。どんなに親身になって寄り添ってくれる友たちであっても、ヨブの心がある場所まで下っていって、ヨブと同じ苦しみや痛みを味わう事は出来ないのです。彼らはヨブの魂を癒やし救う事はできないです。

ではヨブ記の物語にあって神はヨブを救うのか、というと救いません。なぜならこの時、まだ世界に救いの時は来ていなかったからです。更に言うなら、私たちが読む旧約聖書には、救いについては何も書かれていません。では旧約聖書は読まなくても良いのか、というと、そうではありません。なぜなら旧約聖書は救い主を指し示す「矢印」だからです。イスラエル民族が2000年以上掛けて追い求めてきた「救い」の容姿を知らなければ、その救いの成就として与えられた主イエスを正しく知る事は出来ないからです。

でも主イエスを与えられた私たちは救われています。それはどの様にしてか。それは神ご自身がこの世の痛みと苦しみを味わってくださった事によってです。神は自ら主イエスとして肉体を持たれ、この世の最も低い場所に下られました。神は私たちは乗り越える事の出来ない深い淵を越えて、つまりこの世の条理を覆(くつが)えして、私たちを救う為に此方側に来られました。神は私たちが受けるよりも激しい痛み、私たちが受けるよりも辛い苦しみを受けられるのです。神は私たちの所に降りてきて、私たちの魂の傍らに座り、私たちを慰められるのです、その聖霊としての主イエスを受け入れるなら、私たちは救われるのです。

今朝与えられた御言葉から私たちは、この主イエスが受けた痛みと苦しみがどれほどのものだったのか、聴くことができます。この御言葉の場面は「ゲッセマネの祈り」と呼ばれています。主イエスはゲッセマネの園と呼ばれるぶどう畑で祈ります。ただ祈るだけではなく血の汗を流しながら、苦しみ藻掻きながら祈られるのです。なぜなら主イエスはこれから御自分に与えられる痛みを知っているからです。捕らえられ、鞭で打たれ、自ら十字架を背負い、何度も気を失いながら、ゴルゴダの丘へ登り、背負ってきた十字架に掛けられます。肉体的な痛みだけではありません。今まで主イエスを敬愛していた群衆は薄ら笑いを浮かべながら主イエスに罵声を浴びせかけ、唾を吐きかけるのです。主イエス罪人として見世物として死ぬのです。肉体的、精神的苦痛。でも主イエスを最も悲しませたのは、ゴルゴダの道をただ一人で上らなければならないということだったのではないか、と今朝与えられた御言葉を読むなら、そう思わされます。それは弟子たちと主イエスとの心の隔たり、乖離です。

さて、主イエスと弟子たちは過越の食事を共に囲みます。この食卓が用意された場所は、エルサレム市内の、将来エルサレム教会となる家の二階の広間でした。そこで主イエスと弟子たちは羊の肉と種なしのパンと葡萄酒をいただきます。そのあと彼らはベタニアに帰る為にエルサレムの城壁の門を通り外に出ます。そしてキドロンの谷を下りオリーブ山を登るのです。

先ほど読みました御言葉の最初に「一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。」と書かれています。弟子たちはエルサレムで過越の祭りを祝う沢山の人々と同じように、浮かれています。お腹いっぱい食事をし葡萄酒も入って気持ちよく歌を歌いながら歩いている。でもその中にあって主イエスだけは真剣な面持ちをしているのです。なぜなら、主イエスはこの後に起こることを全て知っているからです。主イエスは弟子たちに話されます。「あなたがたは皆わたしにつまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊は散ってしまう』と書いてあるからだ。」(マルコ14:27)主イエスが引いたこの言葉は、旧約聖書に記されている預言者ゼカリアの言葉です。主イエスはどんな思いでこの言葉を話されたのでしょうか。それは弟子たちの不甲斐なさを批判する為でしょうか。浮かれた弟子たちを戒める為でしょうか。そうではありません。この後、主イエスは捕らえられ、弟子たちは逃げ出します。そして主イエスが十字架に架かった後、彼らは自分たちを責めるのです。「なぜ先生を見棄ててしまったのか。」でもその時に、彼らは主イエスのこの言葉を思い出すのです。全てが神の御心であった、自分自身の弱さも狡さも不甲斐なさも含めて神は用いて下さると、その時になって弟子たちは気づかされる、そのために主イエスは話されたのです。でもこの時、弟子たちは主イエスの思いを知りません。葡萄酒によって気持ちが大きくなって彼らは「そんな事はありません」と否定します。ペトロに至っては「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」と見栄を切ります。でも主イエスはペトロに、あなたは今晩、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言う、と伝えるのです。主イエスと弟子たちの間の心の溝はこの後、更に広がります。

さて主イエスと弟子たちはオリーブ山を上り、中腹にあるゲッセマネの園に入ります。そこで主イエスは弟子たちの中からペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われて奥に進まれます。主イエスは彼らに「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」と話し、更に一人、少し進んでそこに座り祈られます。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」(マルコ福音書14:36)主イエスは祈り終えて後ろを振り返ります。でも、そこにいる弟子たちは、眠っているのです。主イエスはペトロに話します。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」(マルコ14:38)

弟子たちが眠ってしまったことについて、しかし私たちは彼らを弁護したくなるのです。彼らは過越の食事で出された沢山の肉やパンを食べ、葡萄酒まで飲んでいるのです。真夜中の暗がりで静かに目を閉じて祈るなど不可能です。眠くなって当然です。でも、でもやはり主イエスは弟子たちの弱さも、無理解も仕方ないことも知っていながら、やはり寂しさを覚えられるのです。主イエスが三度、弟子たちを起こした、と聖書には書かれています。その三度という回数に、私たちは主イエスの思いの“やるせなさ”を読み取るのです。そして主イエスはついに立ち上がります。そして弟子たちに話します。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。もうこれでいい。時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」(マルコ14:41)主イエスがどれほど弟子たちに、最後まで歩んで欲しかったのか、それが叶わない望みであり神の、この世を救うご計画から逸脱することであっても、主イエスは「私と共に目を覚ましていなさい」と話され、望まれるのです。でも、主イエスは一人で十字架への道を進まれます。この世の全ての人の罪を肩に負い、痛み苦しみを味わわれるのです。

神は何処か遠くにいて、私たちを俯瞰で眺め、裁かれるかたではありません。そもそも天上におられる方で在りながら、私たちの魂に寄り添い、立ち上がらせる為にこの世の最も深いところに下り、私たちよりも深く痛みを知り、悲しみを知り、私たちよりも闇の深く味わわれたのです。その神が、主イエスが今、私たちの魂の側に寄り添って下さっています。その聖霊を知るなら、私たちの魂は癒やされ、救われるのです。それはこの世の何ものにも置き換えることの出来ない救いです。その救いを私たちは与えられているのです。

「食卓を囲む」2018/9/16

マルコによる福音書14章10〜25節

このあいだ、久し振りにラーメン屋に行ってラーメンを食べました。頻繁に外食ということはないのですけど、たまにどうしようもなく食べたくなります。その店の壁に「ラーメン一筋三十年」と書いてありました。なんで30年なのかという疑問はさておき、やはり日本人は、この何々一筋三十年という表現は好きだよな、と、あらためて感じました。どんなに辛(つら)くても歯を食いしばって頑張る。逃げ出さないという姿勢です。尊い姿勢だと思います。でも逆に、逃げ出さないという、この姿勢が、現代社会の生きづらさの原因になっている、とも思えます。どんなに破滅的な状況になっても逃げ出さない、逃げ出せない。だから自分の失敗を認められない、謝れない、隠蔽する、つまり嘘をつかざるを得なくなるのです。

逃げる事はいけない事でしょうか。卑怯で臆病な姿勢なのでしょうか。でもしかし、私たちは成功から学ぶことより失敗から学ぶ事の方が多いのです。私たちが求めるべき社会のあり方とは、失敗しない世界ではなく失敗しても大丈夫な世界です。間違ったら謝ることができる世界、そしてお互いに相手を許しあえる世界です。でもなかなか許すことも許される事も難しいのです。ではこの「許す」という事について聖書は私たちにどのように話すのでしょうか。

さて、先ほど読まれました御言葉には「除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠る日」(マタイ福音書14:12)と書かれています。主イエスと弟子たちが来られたエルサレムで過越祭と除酵祭が始まります。イスラエルでは、この最初の日の十四日が過越の日で、この日も含めて八日間を除酵祭として守っていました。この過越の日に人々は犠牲として献げる仔羊を神殿に持っていき、神殿の中庭で祭司に屠ってもらいます。そしてさばいた肉をもらって帰り、家で調理してその日の夜、過越の食事として頂きます。では、エルサレムに知り合いのいない主イエスと弟子たちは、どのようにしてエルサレムでこの過越の食事をしたのでしょうか、聖書には不思議な出来事が記されています。弟子たちは主イエスに尋ねます。「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」そこで主イエスは答えます。「都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる男に出会う。その人について行きなさい。」(マルコ福音書14:13)すると、そこに部屋が用意されている。

「水がめを持った男」と主イエスが話した時、弟子たちが首を傾げたと思います。なぜなら、当時、水場から水を水がめに汲んで家に運ぶ仕事は女性の仕事だったからです。男性が水がめを以て町中を歩く事など、あり得ない事でした。でも、エルサレムに遣わされた二人の弟子はエルサレムの町中で「水がめを持った男」に出会うのです。そして弟子たちはその男に尋ねます。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をするわたしの部屋はどこか」と言っています。』(マルコ福音書14:14)すると、その男は彼らを、席が整った二階の広間に弟子たちを通すのです。弟子たちはこの広間に主イエスと共にいただく過越の食事の準備をします。そして夕方になり、主イエスと弟子たちはエルサレムに入り、過越の祭りの食事の準備されている家に入り、食事が始まります。

過越の祭りの食事について、その食事はイスラエルの人々にとって、一年の中で最も喜びに満ちた食事の席です。この日はいつもは離れて暮らしている親族や仲間たちと集まり、お腹いっぱい肉とパンを食べ葡萄酒を飲む、晴れやかで楽しい食事の席です。弟子たちも十分にこの時を満喫していたと思います。でも、この食事の席で、最初に主イエスが話した言葉は、あなた方の中に私を裏切る者がいる、という言葉でした。弟子たちは、この言葉に心を痛めた、と聖書には書かれています。なぜ先生は、この喜ばしい食事の席でそんな事を話すのか。疑心暗鬼になっているのか、でも、もしかしたら自分はこの先、先生を裏切ってしまうかもしれない。弟子たちは「まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めるのです。でも、この言葉を聞いたイスカリオテのユダだけは、心を騒がせるのです。なぜなら、この前の日、ユダは主イエスを引き渡すそうと、一人エルサレムに上り、祭司長たちのところへ行っていたからです。それは、ベタニアで主イエスが婦人から高価な香油を注がれたすぐ後の事です。もしかしたらユダは、婦人を叱らなかった主イエスに愛想を尽かしたのかもしれません。叱るどころかこの婦人を褒めた主イエスの態度に失望したのかもしれません。それは聖書に書かれていないので推測するしかないのです。でも、少なくとユダはこの時、主イエスを祭司長たちに引き渡すべきだと考えたのです。そして祭司長たちはこのユダの申し出に喜びます。また金を与える約束をするのです。誰が主イエスを裏切るのか。喧々囂々としている弟子たちに対して、主イエスはこの様に話します。「十二人のうちの一人で、わたしと一緒に鉢に食べ物を浸している者がそれだ。」(マルコ福音書14:20)

「わたしと一緒に鉢に食べ物を浸す」という言葉、私たちに馴染みある表現だと「同じ釜の飯を食べた仲間」に近い意味です。長く共に暮らし色々苦労を共にした親しい仲間、共に寝起きをし家族の様に、家族以上に信頼し合い支え合った仲間、その一人が今私を裏切ると、主イエスは話されたのです。でも、なぜ主イエスは此処で、この事を話したのでしょうか。裏切ろうとしているユダを牽制する為でしょうか「私はあなたが裏切る事を知っているよ」と言って、ユダの裏切りを止めさせようとしたのでしょうか。それともユダを追い詰めて御自分を引き渡す決心をさせる為でしょうか。「人の子は、聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった。」(マルコ福音書14:20)という主イエスの言葉は「裏切る者」が誰か、を知っているユダにとって挑発的な言葉です。ユダを煽っている様にも受け取れます。主イエスは御自分が十字架に架かることが神の御心だと知り、この言葉でユダの背中を押されたとも考えられます。

でもそれ以上に、此処で主イエスが見ているのは十二人の弟子、すべてなのです。

この言葉のあと主イエスはパンを取ります。この様に書かれています。「イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。『取りなさい。これはわたしの体である。』また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは言われた。『これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。』」(マルコ14:22-24)主イエスはパンを祝福してから裂き弟子たちに渡し、また杯も祝福してから弟子たちに渡し、弟子たちはその一つの杯を回して飲みます。イスカリオテのユダも他の弟子たちと共に、このパンと杯に預かるのです。主イエスと弟子たちが過越の食事を共にいただいた、この家の二階の広間は、主イエスが十字架に掛けられた後、弟子たちの集会の場になったと言われています。つまり主イエスが復活し弟子たちの真ん中に立たれたのも、この広間ですし、ペンテコステの時に弟子たちの上に聖霊が降りたのも、この部屋だという事になります。そして此処からペトロを中心に世界で最初の教会が生まれます。後に弟子たちは、この場所に集まって礼拝をし、祈りを捧げる度に、主イエスと共についた過越の食事の事を思い起こすのです。あの過越の食卓を囲んでいる最中に、主イエスは既にイスカリオテのユダが自分を裏切ったと知っていたこと。更にこのあと、主イエスが捕らえられるとき、あれほど勇ましく戦うと言っていた、全ての弟子が主イエスの下から逃げ出す事。ペトロに至っては三度にわたって主イエスの事を知らないと話し、朝に鶏の声を聞いたこと。

主イエスはユダだけでなく、全ての弟子たちが御自分の下から逃げ去ることを知っていて、それでも過越の食事の中で弟子たちの為にパンを裂いたのです。「これは自分の肉だ、と、この肉をあなたたちの為に裂こう」と。「これは自分の血だ、と、この血をあなた方の為に流そう、と」そう話されたのです。主イエスはこれから起こるすべての事を知っていて、でも罪深い弟子たちの為に自らの命を献げると此処で宣言されたのです。この過越の食事の時に、主イエスが自らの手でパンを取り祝福し裂いていたあの時に、これから離反する自分たちを赦してくれていたのだと、気づかされるのです。

私たちが礼拝の中で受ける聖餐はこの時からはじまりました。主イエスはこれから自分を裏切る者たちの為に、パンを裂いて杯を満たされたこと、その様にして主イエスが弟子たちを赦されたようことを、私たちもその痛みを覚え、弟子たちが受けた赦しを私たちも受けるのです。この世界にあって、私たちは許すことも許される事も難しい、と先ほど話しました。難しいのです。でも、神が罪を負っている私を赦してくれていると知るなら、こんな自分の為に主イエスをこの世に遣わして、私の為に十字架にかかって下さったと知るなら、私たちは許し合うことができる者に変えられるのです。

「命の代わりになるもの」2018/9/9

マルコによる福音書14章1~9節

ベタニアという村の名が聖書には記されています。その村はエルサレムから死海の方向に三㎞ほど進んだ丘の麓にあったと言われています。主イエスと弟子たちがエルサレムに上られるときには、このベタニアに滞在され、朝にエルサレムに入り、夕方にはベタニアに帰られたと考えられています。では、このベタニアという村の居心地が良かったから、主イエスはそこで過ごされたのか、というと、そうではないと思えるのです。このベタニアという村ですが、此処はいわば、エルサレムという都会に隣接するスラムと呼ばれる場所だったのではないかと、考えられています。過去から現在に於いて、どの都市にもその周囲には貧困層が居住する過密化した地域が形成されます。非衛生的で犯罪の温床となる地域です。またこの時代には病気を患った人や身体に障害を負っている人、寡婦や孤児なども都市を追い出され、この様に町に住んでいました。見棄てられた者たちの村です。主イエスがこの町に滞在された理由を考えるなら、やはり主イエスの言葉を必要としている者たちが此処に多く住んでいた、ということでしょう。彼らはこの世にあって阻害され抑圧を受けていました。神殿の祭司たちからも救いの外の者たちとされていました。だから、彼らは主イエスの言葉を自分の本当の命の言葉として食い入るように聞き、受け入れるのです。しかも主イエスはこのベタニアで、重い皮膚病の人シモンの家で食事の席に着いていたと聖書には書かれています。当時、重い皮膚病を患った者は汚れている、誰も近づかず関わる事はありませんでした。しかし主イエスはその家に滞在されるのです。

ベタニアという村がこの様なスラムである事を考えるなら、今朝私たちに与えられました御言葉の場面で、なぜ一人の女がナルドの香油を主イエスに注ぎかけた事が、それほど、周りの人を憤慨させる程のことであったのか、肯かされるのです。

先ほど読まれました御言葉を共に読み進めます。その最初に、この様に書かれています。「さて、過越祭と除酵祭の二日前になった。」(マルコ福音書14:1)この二日前と書かれている表現ですが、その日も含めて二日前ですから、私たちの感覚から言うと、過越祭と除酵祭の前日となります。つまり主イエスが十字架に掛けられる前の日の事です。「祭司長たちや律法学者たちは、なんとか計略を用いてイエスを捕らえて殺そうと考えていた。彼らは、『民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこう』と言っていた。」(マルコ福音書14:1-2)この過越祭と除酵祭について、このユダヤの祭りの起源は共に出エジプト記に記されているモーセの物語にあります。神はエジプトで奴隷として扱われてたイスラエルの民を救い出しカナンの地まで導かれます。その様にして神はイスラエルを自分の民とされた、その事に感謝し神の力を讃えることが、この祭りの目的です。そして、祭りを仕切るのは誰か、というとそれが祭司たちのです。ではその祭司たちは、この時、何をしていたのか、主イエスを捕らえて殺す算段をしているのです。

なぜ彼らは主イエスを殺そうと考えたのでしょうか。それはもう彼らの力では主イエスに立ち向かうことができなくなったからです。神殿の権威を以てしても、学際的な知識を以てしても、民衆の支持にしても、もう彼らは主イエスに敵わないのです。では主イエスを認めればよいのではないか。彼らは優秀な学者です、主イエスの言葉が如何に正しいのか、その知識が正確か、知恵が神からの賜物か、内心分かっているのです。正しいのです。たぶん主イエスはメシアなのです。でも、だからこそ、彼らは主イエスを認められないのです。もし主イエスを認めるならば、彼らは今まで築いてきた自分たちの世界をすべて失ってしまう。自分たちだけではなく、何世代も掛けて積み上げてきたもの、自分の親の親、血族が継承してきた伝統も全て失われてしまう。彼らはその事を恐れるのです。この盛大に行われる過越の祭りを、今まで執り行われてきたように、来年も、そしてずっと執り行われなければならない。そう考えるのです。でも、そもそも祭りは神の恵みに感謝し、神との交わりを回復する為に行われるのです。しかし彼らはその神から遣わされた主イエスを殺し、神の声から耳を塞ごうとしている。つまり彼らの行動は、完全に本末転倒しているのです。そして彼らは、祭りが落ち着いてから、つまりユダヤの人々がそれぞれの家で、仲間と集まって食べる過越の食事が終わってから、主イエスを捕らえて殺そうと企てるのです。

さて、その様に祭司長たちや律法学者たちが画策している時に、主イエスはベタニアの重い皮膚病人シモンに家で食事の席に着いています。そこに突然、一人の女性が入って来るのです。それは思いがけないことでした。なぜなら当時の風習では男性と女性は共に食事をする事はなかったからです。でもそれだけではなく、その女性は手に持っていた小さな石膏の壺の頭の部分を折り、主イエスの頭に注ぎかけたのです。先ほど、ベタニアという村のことを話しました。スラムである事、衛生状態も良くはないこと、つまり澱んだ息の詰まるような腐敗臭、糞尿の匂いのする町、その町に建っているシモンの家の一室に、まったく場違いな強い甘い香りが広がるのです。この女性が誰であるのか、なぜ彼女は主イエスの頭に香油を注いだのか、マルコ福音書の記者はその理由を記していません、でも、状況から推測できることは幾つかあります。一つはこのナルドの香油がとても高価だったということです。聖書には三百デナリオンと書かれています。この金額は現在の貨幣価値に換算すると三百万円相当になります。それは、このベタニアに住む者たちにとっては決して手にする事ができない金額です。つまり、これほどの香油を買う事ができたという事は、この女性が資産を持っている身分の高い婦人だという事です。二つ目はこの女性はエルサレムに住んでいた、ということです。彼女はエルサレム神殿の境内で話す主イエスの言葉を聞き、その言葉に心を撃たれ、この方こそ神の遣わしたメシアであると確信を持つのです。それともう一つ、彼女が身分の高い女性であったなら、祭司長や律法学者たちの主イエスを殺そうとする企みを漠然と知ったのではないか、とも考えられます。少なくともその雰囲気を感じ取ったとしても不思議では無いでしょう。でも、幾ら身分が高くても彼女は女性でありますから男性の企みに口を挟むことなどできません。彼女は心を痛めて、でも、最後に自分に出来る事をしようと主イエスに会いに来たのです。

では、その場にいた者たちは、この女性の行いを褒めたのか、主イエスを讃える行いに喜んだのか、というとそうで無いのです。「そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。『なぜ、こんなに香油を無駄使いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。』そして、彼女を厳しくとがめた。」(マルコ福音書14:4)なせ彼らは腹を立てたのでしょうか。それはここがスラムだったからです。目の前に満足に食事もできない者たちや、衰弱した病人、貧しい者たちの大勢いるのです。完全な絶望の闇がこの町を包んでいる。そこに身なりの良い婦人が突然現れ、高価な香油の壺を割って主イエスの頭に注ぐのです。もし、その香油を売って此処にいる、今にも死にそうな者たちに食事をとらせることができたなら、あと一日でも長く生きられるかもしれない。あと一時間でも命を繋ぐことができるかもしれない。彼らはこの婦人の行いを身勝手で傲慢な行いと捉えて、憤慨するのです。

では、主イエスは彼らと同じように、この夫人を責め立てたのか、というとそうではありません。そうではなく、まったくだれも考えてもいなかった事を話すのです。「この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。」と話すのです。この夫人がなぜ、主イエスに香油を注いだのでしょうか。ユダヤでは油を注ぐということは、聖別する、つまり神のモノとして別に取り置くという意味です。創世記に記されているヤコブは兄エサウに殺される事を恐れてベエル・シェバからハランの地へと逃亡します。その途中、彼は天使が天と地を行き来する光景を見ます。そしてその場所に石を立て、その先端に油を注いで聖別します(創世記28)。出エジプト記に記されているモーセはアロンとその子らの頭に油を注いで、祭司の職に就かせます(出エジプト28)。またサムエル記で預言者サムエルはエッサイの息子の中からダビデを選び、油の入った角を取り出し、兄弟たちの中で彼だけに油を注ぐのです(1サムエル16:13)。

この女性は主イエスを自分の救い主だと、その思いを自分のできる限りの仕方で行うのです。それがこの香油をそそぐ、という行いだったのです。しかし、主イエスはそれを、神が用意された自分の埋葬の準備だと話します。当時の葬りの式では、死んだ者の肉体は油を塗り亜麻布で包み香油を塗っていました、それは遺体の放つ腐敗臭を抑える為です、そして墓穴には乳香を焚きます。主イエスはこの婦人が自分の埋葬の準備をしてくれたのだと、そう話すのです。主イエスはこの婦人がそれほどの高価な香油を使ってまでも自分を崇めたことについて、この婦人を褒めたのではないのです。主イエスは「はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」(マルコ福音書14:9)と話します。この「記念として」という言葉は「美しい思い出として」とも訳される言葉です。主イエスに注がれた香油の甘い香りはベタニアの澱んだ空気、腐敗臭を一瞬のうちにかき消しました。まるで暗闇に光が注いだように。同じように神の福音が宣べ伝えられた場所、それはどんな場所でも、同じように甘く心地よい香りに包まれるだろうと、主イエスは話すのです。

たとえ私たちが絶望に満たされている腐敗臭で満ちた闇の中に置かれても、神はそこにも福音を伝えてくださいます。その福音は甘い香りとして、光として私たちの魂を勇気づけ、立ち上がる力を与えてるのです。

「心が伴わなければ」2018/9/2

 マルコによる福音書12:35-44

 「コツを掴む」という言葉があります。コツとは勘所や要領の事で「コツを掴む」とは物事の本質を見抜き自分のものにする、という意味です。でも自分でコツを見抜くのはなく、小さな助言によってコツが分かる事もあります。例えば私は子供の頃、走るのが苦手でした。友だちはみんな速く走るのに、私だけ彼らについていくことが出来ませんでした。でも太っていたとか、背が低かったという身体的に不利な条件があったわけではありません。逆に背が高い方だったので条件は良い方だったのです。そんなあるとき、小学校の先生が私の走る姿をみて「踵(かかと)を地面に付けないで走ってごらん」と助言をしてくれました。その通りにしてみると、急に体が軽くなるのです。そして早く走れるようになりました。踵を意識して浮かせるように走ると、体が前傾姿勢になって重心が低くなり、腿を上げるので膝下のバネが使えるようになるのです。だから速度が出るようになる。でも、そんな長い説明ではなく「踵を地面に付けないで」という助言が「コツ」なのです。その一言が重要なのです。なぜ先生はその様な「コツ」を教える事が出来たのか、というと、先生は沢山の子どもの走る姿を見てきて、速く走るための形を知っていたからです。だから一人ひとりの走る姿を見て、その子の走る形を最善に近づける為の助言をする事ができたのです。

 教会の礼拝の流れというもの、つまり礼拝の様式も、この「コツ」の一つです。過去に生きた信仰の先達たちが、自分たちの信仰を維持する為に何世代も掛けて試行錯誤を重ね、残してきたものです。私たちの教会は二千年の歴史、いや旧約聖書の時代も含めると四千年もの歴史の流れの中で、幾度も幾度も道を逸れる経験をしてきました。神からの救いの本質を見失い世俗化したり、逆に修道院に引きこもった事もあります。でも先達たちは、その度に反省し悔い改め、信仰の原点、救いの本質に立ち戻る努力を重ねてきました。また迫害という火に焼かれ精錬される、という経験もしてきました。自分の命が脅かされる状況の中で、その命と引き替えにしても惜しくない信仰を彼らは求め、その信仰を次の世代に継承するための装置を讃美歌、信仰告白文、典礼という形で教会の中に組み込んできたのです。私たちが守っている礼拝とは、これまでの信仰者の膨大な経験によって集約され凝縮された信仰の「コツ」です。私たちは礼拝から助言を与えられているのです。でも、その様にして、命がけで継承されてきた信仰の遺産も、私たちの受け取り方しだいでは、無意味なものになります。無意味になるだけならまだしも、逆に私たちの信仰を誤った方向に誘導することがあります。沢山の遺産を手に入れた息子が逆に放蕩にふけり身を滅ぼすように、遺産は取扱いが難しいという面も持つのです。

 では、どうすれば回避できるのでしょうか。それは形式に心を伴わせる事です。

 例えば礼拝の聖餐式の時、私たちはパンと杯をいただきます。その行いの目に見える所作は教会の習慣的で形式的な儀式です。そこに心が伴ってなければ、教会の権威の象徴とか排他的行為と見なされても当然です。意図的にその様に用いることもできるからです。でも心が伴うなら、私たちはそこに救いの本質を見いだすこととなります。そのパンを主イエスの切り裂かれた体だと信じて自分の心を動かすなら、その心は痛むのです。主イエスはこの罪深い「私」を罪から贖い出す為に、自らを体を裂いて献げられました。このパンを頂く前にその事を覚えるなら、主イエスの犠牲に見合った生き方を「私」は出来ているのか、と自分に問うこととなる。そして杯も同じです。杯をいただく前に私たちは、それを主イエスの血として覚えるのです。その流された血に見合う命を、私は生きているのかと、自分に問うこととなるのです。それが心を伴うという事です。その問いに対する答は「パンも杯も口にすることは出来ない。」となります。幾ら厚顔無恥な自分であっても、安易にその肉と血を自分に引き受ける事はできないのです。でも、そうであっても神は、私たちの前にパンと杯は置かれるのです。なぜ主イエスの命に見合う命を生きているとは思えない私の為に、その代償として自らの命を捧げられたのか「私の血と肉をあなたの血と肉にしなさい」と言われるのか。そこに私たちは神の愛の本質を見いだすのです。同時に、この問いに導かれて、この世にあって自分が生きる意味と指標も与えられるのです。

 心を伴わせること、主イエスはこの世にあって、その一つ一つの事柄に対して心を伴わされました。常に主イエスは他者の痛みを自分の痛みとして感じ、他者の喜びを自分の喜びとして感じられるのです。先ほど読まれました御言葉に描かれた場面でも、主イエスは私たちにこの事を教えられます。

 主イエスは過越の祭りで湧くエルサレムに入られます。日中はエルサレムで人々に教え、夜はエルサレムから3㎞ほど死海の方に入ったベタニアに滞在するのです。主イエスと弟子たちは、過越の祭りが始まる迄の40日間その様な生活を続けるのです。主イエスがエルサレムに入った当初、神殿の祭司たちや律法学者たちは主イエスをすぐに捕らえて牢に入れられる、と考えていたのですが、民衆が熱狂的に主イエスを受け入れた為に、その思惑は頓挫するのです。次に律法学者たちは主イエスを議論の場に引き出し、公衆の面前で主イエスの無知を暴きあざ笑おうとするのですが、彼らは主イエスに論破され逆に主イエスの聡明な知識と知恵を明らかにするだけとなります。その様子を見て、民衆は更に主イエスを支持するようになります。主イエスが聖書に書かれているメシアだと、口々に言い合うようになるのです。

 そこで律法学者たちは人々に何と話したのか「メシアはダビデの子だ、目の前にいる、この貧しい、ナザレの大工の息子がメシアである筈がない」と人々に教えるのです。なぜ彼らが、人々にこの様に教えるのか。ダビデ王の存在はユダヤ人にとってイスラエルという国そのものなのです。そして、そのダビデ王の権威はエルサレムの神殿に引き継がれていると、だから、メシアもエルサレム神殿の権威と共にある、つまり目の前にいる主イエスなどイスラエルの王として立つメシアではないと話すのです。でも主イエスは彼らの心を見抜いているのです。律法学者たちは折角神から与えられた聖書の御言葉を自分たちの立場を維持する為に、そして神殿の権威を維持する為に使っているだけなのです。彼らは神から与えられた御言葉という恵みに心を伴わせてはいないのです。ですから主イエスはこの様に話します。「律法学者に気をつけなさい。彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場で挨拶されること、会堂では上席、宴会では上座に座ることを望み、また、やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる。」(マルコ12:38-40)

 そこで、主イエスは人々に本当の信仰のあり方を教えられます。主イエスはエルサレム神殿の賽銭箱の向かいに座られ、そこで、賽銭を献げる人々に目を止められるのです。さて、そこに一人の寡婦がきます、そして彼女は二枚のレプトン銅貨を出し、それを賽銭箱に入れるのです。それは今の貨幣価値で二百円ほどの金額です。周りにいる人々がもっと多くの金額を、これ見よがしに賽銭箱に投げ込み、じゃらじゃらと大きな音を立てていた中で、その行いは逆に目立つのです。主イエスは彼女に目を留められ、この様に話します。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」(マルコ12:43-44)夫がいない彼女にとって、二枚のレプトン銅貨は持っているモノの全てなのです。なぜこの寡婦は神に生活費の全てを献げたのか、その理由はここには書かれていません。でも彼女は神を信じているのです。いま全財産を神に捧げても、自分が手にしている全てを献げても、神は自分に必要なモノを必要なだけ与えて下さる、自分を生かして下さる。だから、いま自分に出来る最善の行いで神への思いを表したい。彼女は自らの命も思いも全てを神に委ねるのです。これが本当の神を礼拝する姿であると、心が伴った信仰だと主イエスは話されるのです。

 私たちが礼拝を献げるという事は、この寡婦の様に、自分全てを神に委ねてみる事です。自分の全体重を神に預けてみること。そして自分の身体を確かに支えてくれる神の御手を感じること、大丈夫なんだと分かること、その確信が私たちに与えられている救いの本質です。そして、その救いを想起する為に礼拝は与えられています。讃美歌があり、信仰告白があり、祈りがあり、聖書朗読があり、説教があり、聖餐式があり、献金があり、祝祷がある。その流れの一つ一つに自らの心を伴わせるなら、私たちは神に招かれ、砕かれ、新しい命を与えられ、感謝をし、また世へと送出されることとなるのです。