礼拝説教原稿

2018年8月

「常識と非常識」2018/8/12

マルコによる福音書10:46~52

最近、言葉をアルファベット二文字で略するのが流行、というか、一般化している様です。少し前に運転しながらラジオを聞いていまして、TKという略語が使われていました。「やっぱり朝ご飯はTK」とか「究極のTK」とか話している訳です。なんの略かというと正解は「卵かけご飯」だそうです。こう言う高度な略語はさておき、KYという略語は随分と一般的になっています。KYつまり「空気読めない」の略語です。若者だけではなく、たぶん一般に人々にも広く浸透している言葉です。

なぜ、この略語が広く使われているのか、というと、この言葉が私たち日本人の社会性を最も的確に表している言葉だからだと、思います。山本七平は「空気の研究」という著書の中で「あらゆる議論は最後には『空気』できめられる。」と話します。日本と言う国に於いて、会議の議論を決定づけるのは、論理でも人情でも正論でもなく、それに支配者の言葉でもなく、その場の雰囲気、つまり「空気」だと彼は話すのです。簡単に言うなら、日本人は何が正しいか、とか、何が自分の利益になるか、ではなく「隣の人の顔色」を判断基準する傾向がある、という事です。(会社社会は空気に支配されています。その場の雰囲気によって簡単に結論が覆る。だから物事を進めようとするなら、事前に根回が必要になるのです)

この様な社会にあって、私たちもやはり、いつのまにか「みんながこう言ってますよ」的な情報操作に乗せられてしまうのです。だから「何が正しい事か」という判断ではなく「有名な先生がこう話されているから」とか「新聞で、ネットでこう言われているから」とか、そんな言葉を信じてしまう。なにより怖いのは、全体が間違った方向に進んで行っているのに、その間違いを正すと「あなたは空気が読めない」と批判されたり「非常識な人だ」と裁かれることになる。「わざわざ場を乱さなくても」とか「あなたは自分が目立ちたいだけ」とか言われ、発言自体がなかったことにされる、のです。

それが日本人の民族性なのだから、そのまま従うしかない。という考えもあります。私も子供の頃からそういう風に教育されて来ましたし、それが当然だと考えて来ました。でもやはり、神を知った信仰者は肯定してはいけないのです。なぜなら私たちは絶対的で普遍的な存在を知っているからです。ヨブ記にはこの様に書かれています。「しかし、わたしはそれに限界を定め二つの扉にかんぬきを付け『ここまでは来てもよいが越えてはならない。高ぶる波をここでとどめよ』と命じた。」(ヨブ38:10-11)

私たちはこの詩で読まれている、絶対で永遠で不偏な神の前に立つ事を許されています。それは主イエスの犠牲によって私たちは贖われ罪を清められたからです。そして私たちがこの神の前に立つなら、祈り聴くなら、私たちは「みんなが言っている答え」ではなく「普遍的な一つの答を知る事ができるのです。私たち神から判断をする知恵を与えられているのです。しかし、その知恵を放棄する事は自らの命を放棄する事に等しい行いです。

更に私たちは、この世の何人たりとも覆す事ができず、動かす事もできない言葉を与えられています。それが聖書です。此処にある言葉は、週刊誌や新聞に記されている波間に漂うペットボトルのような言葉ではありません。そこには何が書かれているのか、というと「神は愛である」と書かれているのです。この愛とは自らを犠牲として献げても相手を(それが敵であっても)生かす愛です。この愛が全ての判断基準となり、全てを決定付け、全ての真理の核となるのです。私と神の一対一の関係において与えられたビジョンに対して、全ての者が「反対意見を言い。誰ひとり「私」に耳を貸さない状況にあっても、それが試練を伴うものであっても、示されたビジョンに向かって進むこと。でもそれが信仰です。それは正直、世間的には非常識なあり方です。世間に迎合し妥協し歩調を合わせるのが常識的なあり方です。

先ほど読みました、御言葉に描かれている、ひとりの男、その名をバルティマイと呼ばれる盲目の物乞いの行動は、まさに非常識な行動です。しかし彼は常識と言われる見えない雰囲気に屈しなかったが故に、確かな信仰へと導かれるのです。

さて、御言葉の最初にこの様に書かれています「一行はエリコの町に着いた。イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒にエリコを出て行こうとされたとき」(マルコ福音書10:46)

主イエスと弟子たちはナザレを出てエルサレムへ向かいます。でも、この道のりは観光旅行のような楽しい旅ではなく、決意の旅なのです。主イエスは御自分がエルサレムに上られた後、過越の祭りの只中にあって十字架に掛けられ、死を受け取ると知っていました。主イエスはナザレを出るときに、弟子たちに何度も、御自分が受難を受けられると話しています。「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」(マルコ福音書9:30)そして弟子たちも、主イエスが捕らえられて殺されるかどうか、は分からないけれど、主イエスと共にエルサレムに上るなら、少なくとも、主イエスと共に戦わなければ為らないと、ユダヤの下役たちやローマ兵と戦うなら、先ず命はないだろうと、覚悟しているのです。そんな状況の中で彼らはどの道を通ってナザレからエルサレムを目指したのか、というと、この時、主イエスは当時の王道ルートを歩かれるのです。

少し内陸を進んでサマリア人の町を横切る、とか、ヨルダン川の向こう岸を下るとか、そんな姑息な道を主イエスは選ばれません。正々堂々、ヨルダン川の右側を下り、エリコに向かわれるのです。そして丁度その時、年に一度の過越祭をエルサレムで守ろうとする巡礼者たちも、大勢、この道をエルサレムに向かって進んでいます。当然、巡礼者たちも主イエスの噂を聞いているし、主イエスがエルサレムに上るなら一騒動起きると、何となく気がついているのです。当時も今も巡礼というと物見遊山な雰囲気の旅になるのですが、この時の主イエスとその周囲の人々の歩みは、緊張感を持ったものとなったのでしょう。そして、その一隊がエリコの町に入るのです。

エリコの町は当時の交通の要衝でした。この町の歴史は古く紀元前8000年頃に遡ると言われています。この当時エリコはユダヤの一部に組み込まれていますが、でも一つの独立した都市として機能していました。北のガリラヤ地方からエルサレムに上る者たちは、先ずこのエリコで一泊し、巡礼者であるなら隊列を整えて(徒歩の長い旅では隊列は長く伸びます。)身だしなみも整えて、エルサレムへ向かうのです。しかし、主イエスは此処で長く滞在されないのです。エリコに着いた後すぐ出て行かれる。なぜでしょうか。

エリコの住民も、主イエスがどんな方でどれほど多くの人々の信頼を受け偉大な方であるか知っています。でも同時に主イエスが祭司たちや律法学者たち、王族までもその命を狙っている事をも知っています。ですから、エリコの住民は静観するのです。主イエスを歓迎してエルサレムを敵に回すのは得策ではないし、主イエスを追い出して巡礼者から反感を買うのも得策では無い。下手に手を出して主イエスを支持する者とエルサレムを支持する者が此処で争う事になれば、面倒な事になる事は目に見えている。そして、主イエスと弟子たちを迎えたエリコの町は静まりかえるのです。ただ静かに通りすぎてくれれば良い。そこにはエルサレムに向かう巡礼者たち、エリコの住民も含めて何万人もの人たちがいました。でも、その皆が静まりかえるのです。

さて、ここでバルティマイが登場します。彼は目見えません。ですからこの時、とても驚いたと思います。彼はエリコの城門に座って物乞いをしているのです。たぶん生まれた頃からずっと彼は座り続けていたのでしょう。この場所で今まで一度も、音が消えたことなどありませんでした。昼間はもとより夜中まで音が途絶えることは無かったのです。

目が見えない彼にとって、音は光のようなものです。つまり彼はこの時生まれて始めて暗闇を経験するのです。そして彼はどうしたのか、自分で大声で叫ぶのです。物乞いは普段声を出しません。できるだけ気配を消して、ただ前を通る人の憐れみを乞うのです。目の前の人を見て、まして話しかけるなら殴られ蹴られるのです。でも、彼はこの時、大声で叫びます。「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」沈黙の暗闇に負けないように彼は叫ぶのです。その声を聴いた多くの人々が彼を叱りつけて黙らせようとします。強烈な緊張感に満ちた町の中で、非常識な盲人の物乞いが叫んでいるのです。殴りつけてでも静かにさせようと、近くにいた者たちは彼をおさえ付け、黙らせようとします。でも彼はますます大きな声で叫びます。「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」

49節以下にこうあります。「イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。人々は盲人を呼んで言った。「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。」(マルコ福音書10:49)

この世を完全な暗闇に包むほどの力がある方、その主イエスの小さな言葉は彼にとって強烈な光として輝くのです。彼はその光にむかって、躍り上がるように走り依ります。目の前に来た彼に、主イエスは尋ねます「何がしてほしいのか」

バルティマイはこの時、主イエスに何がして欲しいかなどどと考えてはいなかったのです。ただ彼は光に向かって走っただけでした。でも、彼は、やはり彼は目の前にいる主イエスが見たいのです。バルティマイは「先生、目が見えるようになりたいのです」と願います、そして、主イエスは彼の目を開かれます。主イエスは彼に「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」と話します。あなたはもう自由なのだから、何処でも好きな場所に行きなさい、と話すのです。しかし彼は、主イエスの後に従ってエルサレムに上るのです。

信仰とはそもそも非常識なものなのです。なぜなら私たちは常識的に考えて、他人の顔色を見てから神を仰ぐなんて事はできないからです。私たちは自分の言葉でなければ神に祈りを捧げる事はできません。あの人が信じている信仰だから、偉い先生の言葉にしたがって、国や地域や習慣だから、という信仰は信仰ではありません。私と神との一対一の人格的関係性の上に信仰は成立するのです。

さて、目を開かれたバルティマイはこの後エルサレムで、十字架に付けられた主イエスを、その目で見ます。主イエスに開かれた目で主イエスの屍を見つめるのです。しかし彼は絶望しなかったと、思います。なぜなら彼は主イエスが、この世の常識など遙かに超越されている方だと知っているからです。そして彼は三日後に、非常識にも復活される主イエスの姿を、バルティマイその目で見るのです。彼はすでに救いを得ていたのです。

「平和を求める」2018/8/5

マルコによる福音書10:13-16

なぜか私を見た赤ちゃんは泣きます。先日も名古屋に出たときにエスカレーターに乗りまして、目の前の女性が二歳くらいの子どもを肩に抱いていました。段差がありますから、丁度その子と後ろにいる私と目が合うわけです。嫌な予感はしたのですが、案の定、顔が歪み始めて、泣き始めました。エスカレーターはまだ迷惑、という事にはならないのですけど。エレベーターの密室の中で泣かれると、正直どうしようかと。困ります。なぜ泣くのか。家内曰く「あなたは顔が怖いのよ」と。にべもなく返事を返してくれます。まあ、そうかもしれません。でも私は、赤ちゃんはメガネに馴染んでいないと考える事にしています。

何で、こんな事を話したのかというと、それは、今朝与えられました御言葉について、今まで私が頭に思い描いていた場面とは少し違うんじゃないか、という事に気づかされたからです。

先ほど読みました御言葉にはこの様に書かれています。「イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。」私は今まで、主イエスの前に静かに一列になって並ぶ子どもを、一人ひとり主イエスが抱き上げて、頭に手を置いて祝福される、といった場面を思い描いていました。やさしそうなイエス様の前で天使の様にほほえみ喜ぶ子供たち。イエス様に頭を撫でられ、目を閉じて一緒にお祈りをしている、そんな姿です。その様子を母親たちが見守っている。でも、この場面も背景を丁寧に読んでみるならば、そうではない事に気づかされるのです、

此処で話されている子どもとは、生まれたばかりから、低学年の小学生くらい迄の男の子、と言われています。つまり、譬えは悪いのですが「野原しんのすけ」のような、あの年代の男の子です。となると、主イエスの前で静かに順番を待つ、なんてこと考えづらいのです。聴かんちん、困ったちゃん、な年齢です。そもそも、なぜこの時、子供たちが主イエスの元に来たのか、というと、とうぜん自分の意思で来たわけではありません。親に連れられてきたのです。

親たちは主イエスの噂を聞くのです。ナザレの地方で沢山の不思議な業を行った預言者、神さまから遣わされた方が、エルサレムに上られる途中に、自分たちの村を通られる。では、是否その恩恵に与りたい。私ではなく、私の大切な子どもに、という事です。でも、親の思惑に反して、子どもたちにとっては、そんな事はドウデモ良いことです。主イエスがどんな方なのか、素晴らしい方なのか、そんな事は彼らにとって理解できるわけもない。子供たちは訳も分からず取れてこられているのです。

更に、それだけではありません。主イエスを囲んでいる弟子たちは、集まって来た母親と子どもを鬼の形相で睨み付けているのです。

弟子たちにとって、この主イエスのエルサレムへの道のりは、切迫した緊迫感を伴ったものでした。ナザレを出るとき、ファリサイ派の者たちや祭司たちは主イエスを捕らえるタイミングを探っていました。その最中にあって主イエスは弟子たちにエルサレムに上ると話します。弟子たちがどんなに鈍くても、このタイミングでエルサレムに上っていくことは、捕まりに行くようなものだと、分かるのです。更に主イエスはこの時より少し前から「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」と弟子たちに話され始めていました。(マルコ福音書09:31)弟子たちはその言葉を、信じたくない、と考えながらも、現実となる事を予期し始めていた、のだと思います。つまり弟子たちにとって、このエルサレムへの道は、戦地に赴く兵士の心情そのものなのです。自分たちの教師であり師匠である主イエスが捕らえられるような事があれば、自分が身を挺して戦う。先生を守る為なら命を失う事も厭(いと)わない。彼らは弱い自分の心を鼓舞して、恐怖と戦っているのです。ピリピリしている。その彼らの下に、子どもを連れた母親たちが集まってきます。まったく場違いな、緊張感のない女性と子ども。「弟子たちはこの人々を叱った。」(マルコ福音書10:13)とありますが、弟子たちが彼女たちを大声で叱りつけるのです。母親に連れてこられた赤ちゃんは、どうか、というと弟子たちの激しく大きな声、顔を見て、恐怖を覚えて泣き出したことでしょう。主イエスの周りで、子供たちがギャン泣きしている。阿鼻叫喚、そんな場面です。

そこで、主イエスはどうされたのか「しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。」(マルコ福音書10:14)主イエスは憤るのです。この憤るという言葉「叱り飛ばす」とか「怒る」という意味の言葉です。この原語で調べますと、主イエスが憤(いきどう)られたのは、この箇所だけです。つまりこの場面で主イエスは相当に激しく弟子を叱りつけているのです。それだけでも、この場面が牧歌的なほのぼのとした状況ではない事が分かります。

ではなぜ主イエスは弟子たちを叱り飛ばしたか。それは勿論、弟子たちが子供たちを泣かして、うるさいから叱りつけた訳ではありません。主イエスは弟子たちの心を見抜かれらのです。彼らは主イエスをこの様な些事(さじ)で煩わせたくないから、余計な心労を掛けたくないから、母親たちを叱ったのではありません。彼らは威勢(いせい)を張りながらも、心は脅えている。戦いを前に心が高ぶっていて、権威的に威圧的に母親の願いを断ったのです。つまり、弟子はこの時、人の心に寄り添う事などできなくなっていたのです。自分の事で精一杯になっていて、人を思いやる気持ちなど持つことなどできない。そのあり方に対して、主イエスは憤られたのです。主イエスは弟子たちを叱りつけます。母親たちはその様子を見て、主イエスの下に子どもの腕を掴んで引っ張ってきます。そして主イエスは、ギャンギャン泣いていたり、脅えている子供たちを抱きかかえ、頭に手を置き、祝福するされるのです。

その様に、この場面が見えて来ますと、この御言葉の中心的な題材、つまり「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」という言葉の意味が見えて来ます。

先ず私たちは「神の国はこの様な者たちのものである」という言葉について「子供たち」という存在を美化して考える傾向があるのではないか、と思います。つまり、「子供たちはまだ大人になっていないから、社会的な立場や権威、財産に拘ることはない、社会生活に揉まれて捻ねくれたり、狡猾に人を欺すようなことはない、素直、無邪気、無垢」「神の国はそんな子どもの様な人のものだ」とその様な捉え方をしてしまうのです。でも、そうなると、次の言葉に違和感が生じるのです。「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」

「受け入れる人」つまり、子どもは自分の母親に、半ば強制的に、無理矢理、でも母の腕の強さを受け容れて、主イエスの下に来て、彼らはそこで祝福を与えられるのです。天の国はその様な人のモノだと、主イエスは此処で話されているのです。

この様な信仰のあり方を、私たちは一つの聖書の場面から見いだす事ができます。それはゲッセマネの園で祈りを捧げられる主イエス、ご自身の姿です。主イエスは十字架に架かられる前の晩に祈られます。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」(マルコ福音書14:36)主イエスはこれから始まる壮絶な苦難の激しさを知っているのです。このすぐ後にユダの裏切りにあい捕らえられ裁判を受ける。弟子たちは逃げだし、人々から罵声を浴びせられる、鞭打たれ、棘の冠で頭を締め付けられる。重い十字架を背負いエルサレム中を引き回され、ゴルゴダの丘を上り、十字架に掛けられるのです。しかし、主イエスは神の強い御手に引かれながら、その痛みを受け容れるのです。そして、その先に神の国が起こり、始まるのです。

神の力強い御手に腕を掴まれ、引っ張られて、神の国に入れられる。神の思いが何処にあるのか明らかにされることもなく、しかしその主なる神の御手に掴まれている痛みを覚えながら。まるで屠り場に引かれていく羊のような姿。それが信仰者の姿なのだと、主イエスは此処で、話されているのです。私たちは、自分に降りかかる苦難や克服しなければならない課題を、自分に課せられた課題として、自分の力で全てを解決しようと努力します。信仰の事柄についても、同様に、自分で信じ、自分で理解し、自分で選択した結果だと、考えるのです。力強く神をあかしし、この世と戦い、打ち勝っていくこと。それが正しい信仰者のあり方だと、そう考えるのです。でも、この御言葉にあるように、御手に腕を掴まれ、引っ張られていく、でも、その力を信じ委ねる、その先に救いがあると信じ、受け容れていく、それが私たちの信仰者としてのあり方なのです。恐怖に脅え泣いている私たちを、それでも神は無理矢理、腕を掴んで御自分の下に引っ張って行かれるのです。でもそれは、神が私たちを愛しているからです。私たちにこの世にあって生き生きと生きさせたいから。私たちに祝福を与えたいからです。主に掴まれている痛みを受け容れる事、身を任せること。それが私たちの信仰なのです。