礼拝説教原稿

2018年6月

2018/6/17「神は全てを備えて下さる」

マルコによる福音書6:1-13

「故郷へ錦を飾る」という言葉があります。故郷を離れていた者が出世して晴れがましく故郷に帰る、という意味の言葉ですが、先ほど読まれました御言葉に描かれている主イエスの場合、少しちがうのです。

主イエスは洗礼者ヨハネから洗礼を受けた後、伝道をはじめられます。人々に教え、病を癒やし、弟子を取ります。人々は主イエスのことをメシアと呼び、祭司やファリサイ派の教師たちは主イエスの知恵に敵わず黙り込むのです。そして人の心に巣くっている悪霊すらも主イエスを畏れ逃げ出していく。つまり主イエスは人々の前に神からの圧倒的な力を示されました。

そして主イエスは故郷に帰ります。当然、主イエスの故郷であるナザレの村にも、その噂は流れています。では、村の人々は主イエスを歓迎して出迎えたのかというと、どうでしょう。主イエスは故郷に帰り、たぶん、弟子たちと共に母マリアや兄弟の住む家に滞在した、と考えるのが自然でしょう。でも、そこで家庭的で穏やかな交わりとか、良好な雰囲気で時を過ごしたとは、思えないのです。

この時より少し前、主イエスがカファルナウムで伝道していたとき、主イエスの行動を聞きつけた身内の者が、主イエスと取り押さえにきた、と聖書には書かれています。なぜならナザレに住む主イエスの親戚の者たちが主イエスについて「あの男は気が変になっている」という噂を聞きつけたからです。身内から世間に迷惑を掛ける者を出してはいけない、と彼らは考えたのです。しかし、彼らは主イエスを取り押さえることができませんでした。そして、そのあと直ぐ、母マリアと主イエスの兄弟たちが、大勢の群衆に囲まれている主イエスに会いに来ます。たぶん主イエスの身内の者たちが、主イエスの母の言葉であるなら、もしくは兄弟の言葉であるなら主イエスも従うだろうと、つまり母の説得には敵うまい、と考えたのでしょう。しかし、主イエス、母を見ても兄弟を見ても動じることなく、言葉を交わされる事もなく伝道を続けられるのです。

その様な経緯の後の主イエスの帰郷が、この場面です。となると、やはり歓迎されたというよりは腫れ物に触るような扱いだったのだろう、と思えるのです。

そして安息日が来ます。主イエスは弟子たちと共に会堂に入り、主イエスはそこで教えはじめます。その言葉を聞いた人々は、驚嘆します。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。」

彼らはそれまで、流れてきた噂で主イエスの事を判断していたのです。ナザレのイエスという人が沢山の奇跡を行っている「あれは悪霊の仕業だ」という噂を聞いて、気が狂ったかと、そう考えていたのです。しかし会堂で教える主イエスは、まったく彼らが思い描いていた姿とは違っていました。その言葉は恵みに満ち、権威があり真理を解き明かしていたからです。では、身内のものたち、町の者たちは、主イエスに対する見方を変えたのか、というと、変えたのです。でも、まったく反対の方向に見方を変えたのです。

ここに「この人は、大工ではないか。」という言葉があります。正確に訳すと「この人は、“あの”大工ではないか。」です。主イエスはこの町で30歳になるまで大工として働いていました。当時の大工はただ木を切って家を建てるだけではなく、石で土台を作ったり、家具までも作っていました。そして家を建てるという作業は一人ではできません。何人もの作業者と共に何日も掛けて作業をして、一つの家は建てられます。

土木作業について、それは一般の仕事よりも、仲間の連携が密に図られる仕事です。足場を組んで高い所にのぼる、柱を運ぶ、道具を使う。息を合わせ、アイコンタクトを交わし、手薄な場所を手伝う。一つの目的を共有し、共に食事をし、汗をかく。とは言え現場は常に危険と隣り合わせです。誰かの些細な不注意によって引き起こされる事故は、その人だけでなく、他の作業員の命まで脅かすことがあります。だから現場では、ときに荒々しい言葉も飛び交います。その様にして緊張感を保たなければ怪我をするからです。

でも、その様な厳しい環境だからこそ、仲間の結束は強くなります。お互いの性格も気質も技量も全てを共有し、腹の内まで知り尽くした間柄になります。

それだけではなく、大工はその町の住民のほとんどと顔見知りになります。なぜならその町のインフラ整備を担うことになるからです。しかも主イエスはこの町で幼い頃から父であり大工をしていたヨセフを手伝っていたのです。町の誰もが主イエスを深く、強く知っているのです。

でも“あの”大工だったイエスが、会堂の講壇に断ってイザヤ書の巻物を読み、その言葉を解き明かしている。目の前にいるのは、自分たちと同じ価値観、言葉、日常生活、時間を共有していた筈の、あのイエスだよな、と、そう彼らは考えるのです。

主イエスについて、会堂で話すその言葉を聞いて、彼らは主イエスの気が触れているわけではないことが分かったのです。でも、だからこそ、彼らはもっと混乱するのです。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。」とあります。つまり彼らは主イエスの言葉を聞き、業を見ても、その背後におられる神の姿を感じることはできないのです。彼らの頭の中には、自分たちと日常を共有した完全な形でナザレのイエスがいる。故に、そのイエスを壊すことができないのです。彼らは共に作業をし、食事をし馬鹿話をしたイエスの姿を壊せないのです。

そして、どうなったのか。「そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。そして、人々の不信仰に驚かれた。」と聖書には書かれています。つまり、主イエスは癒やしの奇跡を行うことができなかった、つまり「されなかった」ではなく「できなかった」のです。

不信仰とはなにか、信仰とは何か、を私たちはここから聞く事が出来ます。

主イエスの行われる奇蹟的な治癒の業、そして聖書に記されている奇跡の出来事を読むとき、私たち先ず疑いの目を向けるのです。そんな事は不可能だと、考えます。それは当たり前のことです。なぜなら、どう逆立ちしても私たちに出来る事ではないからです。では私たちには出来ないことは、すべて不可能か、または嘘か、というと、そうではありません。私たちに出来る事など限られています。でも、私たちに不可能な事も神には可能です。神は全能の方であり、この世の全ての秩序を司られる方なのです。

そう考えるなら、ここに一つの矛盾が生まれます。5節の言葉です。ここで主イエスは「何も奇跡を行うことがおできにならなかった」と書かれています。神の子にも出来ない事がある。これは矛盾です。ではどういうことでしょうか。

まず主イエスはなぜ奇跡を行われるのか、というと、その真の目的は肉体の治癒にあるわけではありません。この世の力では到底なし得られない奇跡を見て、その人が神を覚え、神との関係を結び治すこと、その奇跡を見ていた人たちが、神の存在の立ち返ること、それが主イエスの行われる奇跡の意味です。

つまり、奇跡に触れたその人が自らの心で、魂で神を知り、その神に立ち返ること。そのためのガイドが主イエスの為される奇跡の出来事です。そして、神に出来ない事とは、神が勝手に人の心を乗っ取りその中身を書き換えることです。なぜなら神はこの世を創造されるとき、人を一つの人格として、自らの姿を模して作られたからです。つまり神は人を自分勝手に動かすことができる奴隷や道具として創造されたのではなく、ご自身と関わる事のできる人格として作られました、だから私たちは一人ひとり、犯す事の出来ない魂を与えられているのです。私たちは神に応えるには自らの唇で告白するしかないのです。

信仰とは対話です。サッカーに喩えるとボールのパスと同じです。相手を信頼し、相手のいる場所に的確にボールを蹴る、受け手はそこにボールが飛んで来る事を信頼して、全速力で走り込み受け取る。我と神との信頼と対話その関係性が信仰なのです。一方的に神を慕うとか、一方的に神の言葉を学ぶ、その言葉に従う、というあり方は信仰ではなく隷属です、つまりそれが不信仰なのです。神が折角私たちを人として創造されたのに、その権利を放棄する事を神は喜ばないのです。

さて、主イエスは故郷を出た後どうされたのか、というと、付近の村を巡り歩いてお教えになったと聖書には書かれています。それだけではなく、弟子たちに「汚れた霊に対する権能を授け」送り出したと、書かれています。

主イエスは弟子たちを、神とこの世を繋ぐ役割の中に用いました。その際、全てを用意していくのではなく、かえって何も持たないで行くように、と勧めます。旅に出るときに何も持たない全ては旅先で神が備えて下さる。その神に信頼するようにと、主イエスは話されるのです。その経験を通して主イエスは弟子たちに信仰の本質をお教えになります。

神を信頼してその言葉を信じ、前に進む、ならば神は全て必要なものを備えて下さる。この神への信頼と対話が私たちの信仰の本質です。恐がって身を委ねてみなければ、信仰を得る事はできません。また信仰とは何か、を知る事はできません。主イエスはこの様に弟子たちを送り出すことによって彼らに信仰の本質をお教えになりました。私たちも同じく、神に身を委ねて歩み出すことによって、信仰が与えられるのです。

2018/6/10「心の扉が開かれる」合同礼拝

マルコによる福音書5:1-20

ガリラヤ湖の湖畔にゲラサ人と呼ばれる人たちが住んでいる町がありました。その町の外れに墓地があり、そこに、一人の男の人が住んでいました。彼の名はレギオンと言います。でも、このレギオンという名前は、この男の人の本当の名前ではありません。みんなが彼をレギオンと呼び、彼も自分の事をレギオンと名乗るようになっていたのです。なんで彼は自分の本当の名前ではない名前を名乗らなければならないのでしょうか。

このレギオンという名前には意味があります。この言葉はもともとラテン語で軍隊の一個師団を表す言葉です。当時のローマ帝国の軍隊の一個師団を調べてみますと五千人だそうです。ですから、このレギオンとは屈強な軍人が五千人、という意味なのです。ではなぜ彼がレギオンと名付けられたか、それは彼が手に負えない暴れん坊だったからです。レギオンはとても力が強かったのです。

村の人たちは、レギオンが町の近くに来る度に、何十人がかりで彼を鉄製の鎖で縛り上げ、村外れにある墓に運ぶのです、でも力の強いレギオンは、その鎖を引きちぎり、足枷を砕いて、また町の周りを大声でさけびながら歩き回るのです。

このレギオンも以前は家族と共にゲラサの町に住んでいたのです。でもレギオンがあまりにも力が強くて乱暴なので、だんだん町の人はレギオンと距離を置くようになりました、そしていつのまにかレギオンは町の人々からのけ者扱いされるようになり、レギオンは家族の住んでいる家も出て、一人、誰も近寄らない墓の洞穴に住むようになったのです。

誰もいない墓に住んでいる大男、ボロボロの服を着て、髪の毛も髭も伸び放題、汚れて真っ黒い顔。でも実はレギオンも寂しかったのです。もう家に帰ることはできない。町に近寄っただけで、何人もの村の男たちが手に棒や石を持って追っかけてくる。何でこんな事になったのか、とレギオンは自分を責めて、苦しくてしょうがなくて、大声で叫び、大きな石で自分を叩いて、自分を痛めつけていたのです。

さて、その村の外れの墓地に近づいてくる一艘の船が見えました。レギオンは不思議に思いました。対岸に住んでいるユダヤ人は外国人と関わろうとしないないので決してこちらがわの岸に来ることはなかったからです。

だんだん近づいてくるその船を見ると、そこには一人の男の人と12人の男たちが一緒に乗っています。どう見てもユダヤ人です。そして彼らは船を岸に着け陸に下り始めました。レギオンは急いでその人の所に駆け寄りました。大声を出して、大きな身体を揺さぶりながら、ドスンドスン、レギオンが地面を蹴る音が響きます。

でも、その人は逃げないのです。顔色も変えず立っている。その人の周りに居る12人のユダヤ人たちは怯えています。いつもレギオンを見る町の人たちの目と同じ目をして、レギオンを見つめています。恐ろしいものを見る目、きたないものを見る目、嫌いなものを見る目です。でも、真ん中に立ってる人は違うのです。

レギオンはその人を見て、始めて恐くなりました。その人は自分を怖がらないのです。レギオンはこの人が本当に凄い人だと、分かりました。神の子、汚れの無い方、レギオンはその人の前でひれ伏しました。この、その人とはイエスさまの事です。

でもレギオンはイエスさまを見て苦しくなりました。自分が乱暴者でみんなから嫌われていて、でも実は寂しくて、辛くて、そんな自分の全てをこの方は知っている、と分かったからです。そしてイエスさまを見ていると、自分が今までどんなに悪い人間だったのか、自分の事しか考えない、人の事なんて、苦しんだって哀しんだってどうでも良い、俺だって苦しいのだから、もっと苦しめば良い、そんな悪い事を考えている、悪い自分を見せつけられるのです。イエスさまをみていると苦しくてしょうがないのです。レギオンは耐えられなくなって「どうか、ここから立ち去って下さい」と叫びます。

でもイエスさまは立ち去りません。そのままやさしい目でレギオンを見つめているのです。レギオンは、この方なら、自分の身体の中に住んでいる悪霊を取り除いてくれるかもしれない、そう考えます。そしてレギオンはイエスさまにお願いするのです。「私の中に住む悪霊を、あの豚たちに入らせて下さい」その墓の周りには多くの豚が飼われていました。ゲラサの人たちは豚を食べて生活していたからです。

イエスさまは「そうしなさい」とお許しになると、レギオンは地面にバタッと倒れます。それと同時に、近くにいた豚、遠くの方にいた豚までもが、勢いよく崖の方に走り出しました。そして、2000匹もの豚が崖の上から一斉に湖の中に飛び込んで、おぼれ死んだのです。

それを見ていたゲラサ人の豚飼いの人たちは驚きました。何より恐くなって町に戻り、豚が沢山死んでしまった事、見かけないユダヤ人たちが墓の近くにいることを知らせます。それを聞いた多くの人々が村の外れの墓地に集まってきました。

彼らが墓に着いてみると、そこにはイエスさまと12人の弟子たち、そして、あのレギオンが、静かに、幸せそうな笑顔で座っているのです。今までのあの凶暴そうな顔、誰彼かまわず怒鳴り散らし、殴り掛かってきたレギオンとは、まったく違う、やさしい一人の男が、そこに座っているのです。

ゲラサの人々は、レギオンがまったく別人のようになっている姿をみて、どう思ったのでしょうか。みんなイエスさまに感謝したのか?というとそうではありません。

はじめてイエスさまを見たときのレギオンのように、イエスさまを恐ろしく感じるのです。イエスさまの前に立つと、その光を受けると、自分の心の闇、悪い心が透けて見えてくる。悪い自分を見せつけされるからです。人々は、イエスさまにこの地方から出て行ってくれるよう、大声で叫びはじめるのです。

実は悪霊に取り憑かれていたのは、レギオンだけではなかったのです。村の人みんなも悪霊が心に住んでいたのです。ですから町の人々も、イエスさまに近づくと、どうしようもなく心が苦しくなったのです。だからこの町から出て行って欲しいと叫びだしたのです。

イエスさまは船に戻ろうとされます。すると、レギオンはイエスさまの元に走り依って「私も連れて行って下さい」と願うのです。でも、イエスさまはそれを認めませんでした。「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい。」と話されるのです。

なぜ、イエスさまはレギオンを連れて行かなかったのでしょうか。この「ことごとく知らせなさい。」という言葉は、礼拝説教の説教という言葉と同じ言葉です。つまり主はレギオンに、今度はレギオンが村の人たち一人ひとりの心に住み着いている悪霊を追い出す役割を託したのです。「家に帰って私から受けた恵みを伝えなさい、そうすればその人の心に巣くっている悪霊は逃げ出します」そうイエスさまは話されたのです。

レギオン、よかったですね。

私たちも私たちのすぐ横にイエスさまが近くにいると分かったとき、「怖いな」と思うのです。私の心の奥底までも知っているイエスさまがいて下さる。一人で寂しいときに居て下さるのは有り難いけど、悪い事をするときには、居て欲しくない、私たちは我が儘デス。

でも私たちはゲラサの人たちのように、イエスさまに「出て行って欲しい」と言ってはいけません。私たちの心の中に巣くっている悪霊は、そのまま残ってしまうからです。だから私たちはレギオンのように「私の心の中の悪霊を取り去って下さい」とお祈りしましょう、そうすればイエスさまは、私たちを癒やして下さいます。それだけではなく、今度はイエスさまが私たちを神さまの道具として、この世の多くの苦しんでいる人、孤独を抱えている人、その人たちの中にいる悪霊を取り除く役割を担わせて下さいます。神の道具として用いられる事、その幸いを求めつつ共に歩みましょう。

2018/6/3「立ち上がる支え」

マルコによる福音書1:29-39

信仰を持つ、という事について、私たちは何か身構えてしまうのです。信仰を持つ為には全てを捨てて主イエスに従わなければならない様な、それこそが、信仰者のあるべき姿だと言われているような、そんなイメージを持っているからです。でもそれは世間一般の感覚かもしれません。信仰を持つことはイコール世俗を離れるようなイメージで捉えられるのているのです。キリスト教において、そのイメージはたぶん、主イエスが最初の弟子であるシモン・ペトロに声を掛けた、その場面に起因しているのでは無いかと思います。

主イエスがゲネサレト湖で漁師をしていたペトロを自分の弟子として招くとき、主イエスは彼に「私についてきなさい、あなたを人間をすなどる漁師にしよう」と声を掛けられます。その言葉にペトロは直ぐに網を捨てて従った、と聖書には書かれています。ペトロは「網を捨てて」と書かれていますが、彼は財産である船、そして仕事、家族をも捨てて、主イエスに従うのです。

ではペトロは、本当に家族を捨てて主イエスに従ったのか、というと、そうではありません。今朝私たちが与えられた御言葉マルコ1章5節以下を読むなら、ペトロは家族を捨てたのではなく彼の家族も信仰を与えられ主イエスに仕えたと書かれているのです。

私たちは「全てを捨てる」という言葉に対して、過剰に反応してしまうのです。それは私たちの心が、その選択を肯定する思いと、否定する思いを同時に持っているからだと思います。私たちは今持っている全ての物をそのまま持ち続けたい、と言うという思いと、いま手にしている物をすべて投げ捨てて身軽になりたい、と思いです。私たちが日頃から、この二つの思いの間を揺れ動いているのです。

例えば仕事にしても、仕事を持つなら経済的な安定を得ることが出来ます、世間の評価も得られるし何より自分が必要とされている実感を持つことが出来ます。しかし同時に重い責任を負わされ、理不尽な状況を受容せざるを得なくなる。何より自由な時間を奪われるのです。仕事を続けるか、辞めるか、その狭間で迷うのです。

では、私たちが信仰を持つ、という事は決定的な選択を強いられる事柄なのか、というと、そうではないのです。そもそも、ここで私たちが誤解してしまうのは、私たちが自分の選択、つまり自分の力で信仰を勝ち取らなければならない、と考えている所です。

例えば行きたい大学があって勉強して入学できたとか、オリンピックに出たいと努力して選手に選ばれてオリンピックにでた、とか、やりたい仕事があって努力して資格をとったとか、その様な自分の力によって実現する事柄と、信仰を混同するとき、私たちは信仰の本質を見失うのです。信仰を自分の力や努力で勝ち取ったと考えるなら、その信仰は合格通知とか、金メダルとか、地位といった、この世の偶像と同等のモノになってしまうのです。

そうではありません。私たちは信仰を与えられる事によって、この世のモノについて客観的に「あればあったで便利だし、なければないでどうにかなる、本質はそこじゃないな」と理解する様になるのです。私たちが信仰を得るなら、その信仰によって、私たちは「本物」を知る事となります。本当に自分の命を生かしているもの、目の前に存在する物の存在意義、自分が生きている事の意味。本当に大切なもの。だから、その結果として今まで価値があると信じていた物が、無価値であると気づかされるのです。

伝道者パウロは話します。「そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえにわたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。」(フィリピ3:8)

しかし、だからこそ私たちは悩まされるのかもしれません。なぜなら、その事に気づいたとしても、それでも捨てられない物を、私たちは必ず持っているからです。例えば家族、利己心、習慣、風習などです。個人的な好みはどうとでもなりますが「情」の絡んだ対人関係は簡単に手放せないのです。そしてそれを手放すなら、後々薄情な自分を責め続ける事になる。袋小路です。

主イエスはこう話されます。

「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(マルコ福音書8:34)主イエスは「自分の十字架を背負って」と話します。人はそれぞれ捨てられない何かを持っています。私も持っています、誰もが、持っています。主イエスはそれで良いと話されるのです。捨てられない物を負ったままで良い、大丈夫、分かっている。そのままで私に従いなさい、と話されるのです。

今朝私たちに与えられました御言葉の場面にあって、主イエスは、この人間の苦しみを拭われます。曖昧で有り続けざるを得ない私たちの痛みを、そのままに受け容れ癒やされるのです。

さて、先ほど読みました箇所は、マルコ1章29節以下です。主イエスはシモン・ペトロを始め弟子たちを招き、安息日にカファルナウムの会堂に入り人々に聖書の御言葉を解き明かされます。人々は主イエスの言葉に驚きます。それは主イエスが「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったから」と書かれています。さらに主イエスは会堂の中にいた汚れた霊に取り憑かれた男から、その悪霊を取り払われます。主イエスは預言者として業だけではなく祭司としての業をもここで行われます。

ペトロは、この主イエスの姿をみてどう感じたのでしょうか。目の前にいる主イエスが今まで出会ったどんな人とも違う、尋常じゃなく、想像を遙かに超越した方だった事に気づかされたのです。そんな方に仕える事ができて幸せだと感じるより、彼は怖じ気づいたのだと思えるのです。そして彼だけではなく、安息日の礼拝を守る為に会堂に集まって来ていた全ての人々も、シモンと同様に怖じ気づいたのだと、そう思います。人は、あまりにも大きな力を見せつけさせられるなら、それが良いことでも一歩引いてしまうのです。

礼拝を終え、主イエスは弟子たちと共に会堂を出ます。ユダヤ教の習慣では、安息日は朝食を取らず会堂に行き礼拝を献げ、礼拝が終わった後、人々はそれぞれの家に帰り、用意しておいた食事を取りました。その時、家族や親族だけではなく、同じ礼拝を守った方を自分の家に招く事もされていたようです。

さて、主イエスたちは礼拝の後どうしたのか、というと、高名で偉い方として会堂長の家や律法学者の家に招かれるのではなく、シモンの家に行くのです。主イエスが「あなたの家に行こう」と言ったかどうかは聖書には書かれてませんが、でもそれはシモンにとって思いがけないことだったと思います。

彼は網を捨てて従ったのです。でも家族に一言も相談したわけではありません。確かに主イエスは偉大で素晴らしい、従う事も正しい、でもシモンには捨てられない家族がいるのです。そしてその家族に主イエスを合わせなければならない。やはりその心境は複雑だったと思います。

でも彼らがシモンの家に着くと、シモンの姑が熱を出して寝ているのです。シモンはもしかしたら、少々、ほっとしたのかもしれないと、思います。食事の用意が出来ないから主イエスを招けない、という事ができる。そうであるなら「あなたに従います」と言っておきながら、まだ自分の家族を手放す事の出来ない、曖昧な自分を主イエスに見せるなくて良いからです。

しかし主イエスはそれでも家に入っていくのです。それだけではなく、姑の手を取って起こされます。すると姑の熱は引き病気は癒やされます。そして彼女は食事の準備をし、一同をもてなすのです。

そして「夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。」と聖書には書かれています。

一つの解釈として、安息日に病人を治療してはいけない、と律法に書かれているから、人々は、夜になって病人を主イエスの所に連れてきたのだ、というものがあります。でも、私はそれだけではない、と思えるのです。この当時、病人や悪霊に取りつかれた者は外に出されず、家の中で隠されていました。本人の罪もしくは親の罪のによって病にかかると信じられていたからです。そう祭司や律法学者たちは人々に教えていました。ですから祭司や律法学者の家ではなくペトロの家に入った主イエスを見て、町の人々は、この方なら自分たちの話しを聞いてくれるのではないか、治していただけると、考えたのだと、そう思います。そして彼らは夜の闇に紛れるように、病を負った家族を主イエスの元に連れてきたのです。

主イエスは彼らを癒やされます。今まで、病を負っていたが故に、社会から断絶させられたいた者たち、そして自分の家族に病人がいたことを負い目として生きて来た者たちは、もう一度、人との関わりの中に戻され、神との関係を回復するのです。

主イエスがここで為されたことは、私たちの目には病の癒やしや悪霊を払うことに思えるのです。でも福音の本質は別の所にあります。それは、神は私たちが何かを負ったままでも、関わってくれる、という事です。私たちが自分を捨てきれない状態でも、何かを握っていても、その曖昧さ、中途半端さをも含めて主イエスは私たちを受け容れて下さるという事です。私たちはこの主イエスによって救いに導かれるのです。